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なんでわいらを追い払うのだす

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なんでわいらを追い払うのだす

三太と真吉が重い塩を背負って、町外れに鎮座ます天津鎮守神社を目指している。お宮で数日先に奉納相撲が行われるのである。真吉の懐には、袱紗に包んだ奉納金が入っている。
   「氏子でもないのに、なんでこんな遠いお宮に奉納するのやろ」
 三太は、訳がわからない。
   「お宮の宮司さんと、うちの旦那さまは、飲み友だちなのですよ」
   「へー、顔の広いだんさんだすなァ」
   「それで、女将さんが気を利かせて奉納するのです」

 朝発って、お宮に着いたのは正午九つ刻であった。
   「宮司さんにお目にかかりたいのですが…」
 真吉が境内に居た巫女に声をかけた。
   「宮司は、奉納相撲の打ち合わせに出かけているのですが… 宮司以外の者ではいけませんか?」
   「禰宜(ねぎ)さんでも、権禰宜さんでも構いません、宮司さんなら私共の主人をよくご存知でしたので判り易いと思いまして…」
   「そうでしたか、今こちらへ歩いてきますのが権禰宜でございます」
 真吉と三太は、二人揃って頭を下げた。
   「京橋銀座の福島屋の者でございます」
   「ああ、福島屋亥之吉さんは私もよく存じております、お店の方ですか」
   「はい、奉納相撲でお使いになるお清めの塩と、奉納金を持参いたしました」
   「これはご苦労様です、私、権禰宜が確かにお受けいたしました、どうぞ亥之吉さんには宜しくお伝えください」
 真吉と三太は、権禰宜に頭を下げ、本殿の前に行き、お絹に教わってきた通り、二拝、二柏手、一拝をして、今来た道を戻った。途中、腹が減ったので、人影の無い広場の隅に腰を降ろして、持ってきた弁当を食べていると、若い侍が二人駆け込んできた。
   「ここで良かろう、いざ存分に戦おうぞ」
   「望むところだ、手心は加えぬ、おぬしもな」
   「わかった、いざ」
 白い鉢巻に襷掛け、侍たちは刀を抜いて向かい合った。そのとき、広場の隅で弁当を食べながら、二人の果し合いを見ている子供たちが目に入った。
   「ちょっと待て、あの子供たちが目障りだ、立ち去るように言ってくる」
 一人の侍が、三太達の前に走ってきた。
   「お前たち、黙ってここから去れ」
 三太がムカついた。
   「何を言うてまんねん、ここはわいらが先に来て、休んでいるところだす、勝手なとを言いなはんな」
   「何っ」
 侍はムッとしたのか、刀を三太に向けた。見たところ純朴そうで、性悪侍ではないようである。
   「なんでわいらを追い払うのだす」
   「我らはここで果し合いを致す、とばっちりを受けて怪我でもすれば、両親が悲しむであろうが」
   「わいらのことは気にせんと、思い切りやっとくなはれ」
   「怖くはないのか?」
   「ぜんぜん」
   「そうか、勝手にしろ」
   「へえ、勝手にします、そやけど、あんまり砂煙をあげんといてくださいや」
   「そんなことは知らぬは、嫌なら他所へ行け」
 
 三太は守護霊新三郎に語りかけた。
   「なあ新さん、あの二人どう思う?」
 返事がない。
   「新さん、ねえ、新さん、あれっ、おらへん」
 どうやら、好奇心に勝てず、二人を探りに行ったらしい。

 侍二人は、刀を相手に向け合って、掛け声ばかりで一向に斬り込まない。たまに一人が斬り込もうとすると、相手は切っ先を下げて、まるで斬られてやろうとしているようである。
   「何や、何や、今、隙があったやないか」
 三太が野次る。
   「煩い、黙れ!」
 また逆に、いま切っ先を下げた方が斬り掛かると、相手が切っ先を下げる。
   「おもろないぞー、もっと気合を入れてやれっ」
 
 新三郎が戻ってきた。二人の関係と、この度の経緯を探ってきたようだ。新三郎は、三太に話して聞かせた。
   「ふーん、それでこいつらの気合の入らない果し合いの意味がわかった」
 三太は思い切り大きな声で、二人を野次った。
   「やれ、やっつけろ、もっと派手にやれーっ」
 侍の一人が、またやって来た。
   「このガキ、まずお前を黙らせてやる」
   「ちょっと待て、わいは心霊読心術が使えるねん、なっ、田沼藤三郎はん」
 田沼はぎくっとして、三太の顔を凝視した。
   「なぜ拙者の名前を知っておるのだ」
   「そやから、心霊読心術が使えると言うたやないか、お侍さんの魂に教えて貰ったのや」
   「拙者の魂がお前に喋ったのか?」
   「そうだす、相手は高崎勘兵衛さんでっしゃろ」
   「そうだ、お前の名は何と言う」
   「三太だす、福島屋の小僧、三太だす」
   「本当にそんな術が使えるのか?」
   「果し合いの原因も訊きましたで」
   「何だ」
   「上役のお嬢さん、あやめさんを取り合っての恋の鞘当てだすやろ」
   「お前、子供の癖に、よくそんな言葉を知っておるのう」
   「お侍さんの魂に教わったのだす」
   「そうか、わしの魂は口が軽いのう」
 三太は、声高く笑った。
   「そうだす、よく躾けときなはれ」
   「うむ」

 高崎勘兵衛も、「何をしているのだ」と、寄ってきたので、三太は新三郎に聞いたことを話した。上役の美しい娘を、二人は同時に見初めてしまった。二人は幼馴染で、心の許せる親友であったが、同じ娘に惚れてしまったことに気づくと、どちらからでもなく「拙者が降りる」と、言い出した。親友を傷つけたくないお互いの思いから、二人共があやめを諦めようと話合った。
 面白くないのが、あやめ当人であった。二人してあやめに言い寄り、チヤホヤしていたのが、ばったりと途絶えたのである。そこで、あやめが思いついたのは、二人を同時に同じ場所に呼び出すことである。
 高崎には、「田沼殿のことで話がある」と、田沼には「高崎殿のことで話がある」と誘った。それを聞いた二人は、ふっと懐疑心が生じた。
   「もしや、男と男の約束を違えて、相手はあやめさんに逢っているのではないだろうか」
 半ば憤慨しながらあやめに指定された場所にやって来ると、案の定、相手があやめに逢いにやって来た。
   「やはりそうであったか」
 自分はまんまと騙されていたのだと思うと、互いが激怒して「果し合い」のくだりとなったのである。
 
 しかし、相手は心から認めていた親友である。どうしても斬ることが出来ない。ここは思いきって、相手に斬られてやろう、そうして、草葉の陰から、親友の幸せを見守ってやろう。お互いにそんな気持ちであったが、男の意地だけは貫こうと、ここを果し合いの場に決めてやって来たのだ。
   「どうだす? わいの術は信じることが出来ましたか?」
 二人は唖然として、返す言葉を忘れていた。ほんの暫くの刻をおいて、田沼が口を開いた。
   「参った、三太とやらの言う通りだ」
   「わいらは店に戻らないとあかんのだすが、もうちょっとお二人に付き合いまひょ」
 三太は二人に、あやめさんの屋敷に連れて行ってくれるように頼んだ。三太は、あやめの心が凡そ分かるつもりだが、確かめておきたいのだ。

 屋敷の前まで来ると、丁度若い武士が門の前に立っていた。
   「あの人は?」
   「お目付頭の若様だ」
 聞くが早いか、新三郎が三太から離れた。屋敷の潜戸が開けられて、若様は門番に丁重に招き入れられて、屋敷の中へ消えた。

 やがて、新三郎が家人に憑いて出て来ると三太に囁き、三太は二人に説明した。
   「高崎さん、田沼さん、おの若様は、あやめさんを妻に娶りたいと親御さんに会いにきたみたいですよ」
 両親は大喜びで若様を招きいれた。あやめも、満更でもない様子である。つまり、あやめは二人にチヤホヤされて、悦に入っていたところ、二人から急に突き放されて自尊心が傷つき、その復讐のために友情を壊してやろうと考えたのだ。それで、一人が殺されようと、相打ちでふたりとも死のうとも、知ったことではないと思ったようである。
   「酷い」
 高崎も、田沼も、そんなあやめに惚れた自分の愚かさを知ったと同時に、果し合いで相手を斬らずに、また斬られずに済んだことに安堵した。

 この話は、まだ続きがある。あやめは若様に気に入られて妻になったが、この若様は女癖が悪く、あやめもまた身持ちが悪くて、一年も経たぬまに相手を罵りながら破局となった。あやめの復讐は、若様の性癖を世間に晒したことであったが、あやめもまた間男の存在を晒されて、罪を問われた。
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