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差出人は幹事の山手からだった

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差出人は幹事の山手からだった


【その2】
幹事の山手健一から確認の為の往復葉書が来たのは翌年の3月末だった。そこには遅くても5月連休明けまでには連絡しなければないと書いていた。最後まで仕事の調整で遅れていた陽一も、連休明け早々に【参加】に○印を入れて送り返したのだ。その後、6月下旬になって最終の案内状が送られてきた。差出人は幹事の山手からだった外國奶粉
 
案内状には日時が8月15日午後2時集合、場所は学校傍の割烹旅館『御座敷亭』と書いていた。ここは幹事の山手健一の実家で同じ敷地にあるのが『御座敷亭』だった。今、健一は三代目の跡継ぎで専務だった。その健一からの案内状だった。慎之介も日程が分かるとネットを通して飛行機の手配をした。証券会社に勤める真理子も有給休暇を含めた休日届を出して準備をした。同じ頃、陽一も飛行機のチケットをネットで予約した。こうして3人は同窓会の準備をしたのだ孔聖堂中學中六
 
当日、会場になる割烹旅館『御座敷亭』には続々と同級生達が集まっていた。当時は全部で5クラスあった。約200人近い同級生が在籍していたが何人かの同級生は都合が付かず参加出来ない者もいた。その中には既に亡くなった人も数名いたと、幹事の健一が話してくれた。同時に町民体育館では『成人の集い』が行われていた。3人が再会したのも14年前に行われた同じ集会だった。3人は、その日、以来、忙しいとはいえ連絡を取り合っていた。
 
それに街が最も似合うのはお盆の時期とお正月だけなのたが、この日は同窓会も幾つか開かれ何時ものお盆とは違っていたのだ。街ですれ違う人とは殆どが顔見知り。忘れていても向こうは覚えていて直ぐに声を掛けられ挨拶を交わす、そんな優しさのある街だった。時々、道路ではトラクターが走る田舎の長閑な風景、都会では考えられない事だった。車の騒音もなく、聞こえるのは蝉の鳴声だけ。何時も自己主張するようにうるさいほど鳴いていたmask house 面膜
 
この日の会場も健一の計らいで全て貸切り状態。クーラー入れても効果もなく広いと思っていた大広間も人が入ると何時の間にか身動きが出来ないほど狭く感じたのだ。汗を拭き団扇や扇子を持っても効果もなく、この雰囲気は真夏の体育館で開かれる全体集会に似ていたのだと、誰もが思っていた。それでも懐かしさの余り、笑い声が絶えなかったのだ。
 
壇上には当時の校長や教頭を真中に座り、それに退職した教師や現役で教えている定年間近の教師もこの日の為に全て集まったのだ。当然、3人を教えていた当時の担任で元女性教師の吉良先生の姿も有った。彼女は2年前に定年退職し、今は塾教師をしていると言う。吉良先生は3人が入学した頃から目を掛けていたのだ紅葡萄酒
 
「平和台高校1999年3月卒業生の皆様。幹事の山手健一です。今、この店の三代目になる準備をしています。未だ不勉強なところも有りますので何なりと申し出て下さい。… それに私事で恐縮ですが、この秋には結婚します」
と皆が見ている前で告白した。
その話を聞いて全員が驚き騒めいたのだ。その直後に廊下で待っていた2年後輩の秋本裕美を部屋に招き入れると皆に紹介した。すると拍手が湧いたのだ。
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